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R152ツーリング・・・・vol.2
前回の続きです。
旧木沢小学校の見学の場面ですね。




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この教室は、廃校の時のまま残してあるそうです。
学年で3人ですか。
僕が小学校の頃はかなり大きな小学校で、1クラスで何十人もいて、それが何クラスもありました。
それに比べて3人だと人間関係がひときわ濃くなりますね。
思い出も濃くなるかもしれません。




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この人体模型は昔からありますが、見るたびにパーツが少なくなってきてて、寂しいですね。




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平沢さん、美少女ですね!
昭和37年に小学生だったってことは、いま70歳前後でしょうか。
ぜひお目にかかりたいですね。





見学を終わらせ、学校を後にします。
この先の地蔵峠でR152が通行止めになってるので回り道しました。
かなりの大回りになるので、17㎞ほど余計に走ることになります。
たった17㎞ですが、曲がりくねってるので、タイムロスが多く、30分以上は余計にかかります。

ようやくR152に復帰したのもつかの間、分杭峠のところでまたもや通行止め。
これは事前の情報が無く、気づかなかったです。
そしてまたもや迂回路で小一時間ほどタイムロスでした。




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迂回の途中にて。
くまモンが晒し首になってました。
何の罪でしょうか?
痴情のもつれでメス熊を殺したとかでしょうかw




けっこうタイムロスしたのですが、まあ順調に走って5時前には諏訪ICに到着しました。
あとは中央道を走るだけです。





R152シリーズ終わります。





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ところで、つい先日、米オクラホマ州で人間が犬に銃で撃たれるという事件があったそうです。
クルマの中で犬が動いた拍子に置いてあった22口径の拳銃のトリガーを踏んでしまい、乗り合わせていた人の太ももに弾が当たったそうです。
幸いに命には別条はなかったそうです。
その銃の持ち主は79歳の女性だったとか。
そんな高齢の女性が銃を持ち歩いてるなんて・・・・
さすが銃社会のアメリカですね。

しかし、この事件、拳銃で良かったです。
犬が踏んだのが某国向けの核ミサイルの発射ボタンだったらえらいことになってます。
某国も報復の核ミサイルを発射。
地球はTHE END。

それに比べたら、拳銃など可愛いもんですw



( 2019.10.09 ) ( ツーリング ) ( COMMENT:2 )
R152ツーリング・・・・vol.1
8月の初めに、国道152号線を走ってきました。
R152は南アルプスの西側をほぼ南北に走るルートで、南端は浜松、北端は上田市です。
今回走るのは浜松から茅野の区間です。
行きは浜松浜北ICまで第2東名を走り、R152を北上し、茅野ICからは中央道で戻ってくる、というコース。
ただし、今回はR152の一部が土砂崩れで通行止めとのことなので、迂回しなくてはいけません。そこがちょっと残念。



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浜松市天竜区のお店です。
もちろんR152沿い。
以前から撮ろうと思ってましたが、交通量が多いエリアでバイクを停めにくく、撮れずにいました。
それを今回は、なんとか撮れました。




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旧木沢小学校《MAP》にやってきました。
昭和7年に建てられた木造の校舎で、平成12年に廃校となりました。
内部も見学可能です。




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玄関口で堂々と寝てるのは、猫校長の「たかね」さんです。
プロフィールはこちらの記事に詳しく書いてあります。
必ず出会えるとは限らないそうですが、僕の場合はラッキーなことにほぼ毎回会えてますね。




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板書を見ると、否が応でも昔の頃を思い出します。
一番思い出深いのは小学校時代でしょうか。
関西地方のとある田舎町でした。
喧嘩もしたけどいい友人たちに恵まれ、幸せでしたね。




続きます。




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( 2019.10.05 ) ( ツーリング ) ( COMMENT:2 )
渡良瀬バルーンレース・佐野・足尾ツーリング・・・・vol.2
渡良瀬バルーンレースの朝の部を見終わった後は、3時の午後の部まで、かなりの時間が空きます。
いま7時過ぎで、3時までの間、8時間近い時間を、どこかで消費したりしなくてはなりませんが、あらかじめどうするかは決めてましたので、迷いなく次の地へ移動しました。


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熱気球の会場から離れること11㎞ほどバイクで走って、畑のど真ん中にある火の見櫓。
両毛線の岩舟駅のちょっと北東方向にあります。
この火の見櫓の特徴は、見てすぐ分かる、石造の消防小屋に乗ってるということ。
消防小屋の上に火の見櫓が乗ることは、さして珍しいわけではないと思いますが、その小屋が石造だとなると、一気に独自性が引き立ちます。
ご存知のように日本は地震国ですから、地震に弱い石造は少ないんですよね。



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この写真では分かりにくいと思いますが、右から左に読んでいくと、「岩舟村消防組」、「第一部」、「器機置場」となります。
竣工した時期は分かりませんでしたが、少なくとも小屋は、戦前のものだと思われます。
上に載ってる火の見櫓は、これがオリジナルかどうかは、見ただけでは分かりませんでした。
火の見櫓は、戦時中の鉄の供出ということで持っていかれた先代の後で、戦後に改めて造られたということもあると思いますので、小屋の上に上って間近に見なくては分かりませんが、勝手に上るわけにもいかず。

なお、小屋の中には、古い手押し式のポンプ車が置いてありました。
また、この小屋は、外壁は石造、屋根と梁は鉄筋コンクリートになっていました。




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岩舟駅の近くには、石造建築がありました。
一つは「岩舟石の資料館」で、もう一つは、「Studio S」さんが使われているそうです。
石造建築が、なぜこんなに寄り集まってるのかは、分かりません。
ここから北方にある宇都宮の辺りに行くと、大谷石の採掘場がありますが、ここ岩舟のあたりでも大谷石が採れたのかどうか、それかここに運び込んだのか、そもそもこれが大谷石かどうか、などちょっと分からないです。
明治以降、外国のものがどっと日本に入ってきて、そのうち石造の建物の情報なども入ってきて、「石造=お洒落」というイメージがあって、そうだ大谷石で石造建築作ろう・・・となったかどうかは、不明ですw




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( 2019.07.24 ) ( ツーリング ) ( COMMENT:0 )
@東伊豆
東伊豆の大動脈は、言うまでもなく、R135ですが、はるか昔から今の姿だったわけではありません。


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R135の宇佐美にある御石ヶ沢トンネルの脇に、今は使われていない洞門があります。
ここは普段は入れない(入りにくい)のですが、この日はこの洞門に通じるルートが開いておりました。
倒木があるので、バイクで入るのは難しいですが、歩きなら簡単。

道幅は4mくらい?
これではトラックが来たらすれ違えません。
でもこれが現役だったころは、何とかしてたのでしょうね?

それにしても、思うのは、坑門の造形。
いつのころからか、こうした遊び心が失われてしまったのです。
最新のトンネルなど、味もそっけもないです。
みなさん、街に出るときはお洒落に大なり小なり気を使いますよね?
こういうものだって同じです。
末永く公衆の場に姿を見せるわけですから、ちょっとお洒落したっていいじゃないですか。




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河津手前のいつもの秘密スポットにて。
ここでコンビニ弁当を食べるのが長年の習慣です。
海を見、波の音を聞きながら食べれば、コンビニ弁当が何倍もおいしく感じます。
小さな幸せですが、大事なことです。






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( 2019.04.15 ) ( ツーリング ) ( COMMENT:0 )
笹子峠越えツーリング・・・・vol.2
前回の続きです。


R20から一本外れた脇道に入っていきました。
原集落です。



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原公民館と、火の見櫓です。 《MAP
なかなか魅力的な取り合わせですね。

火の見櫓は現地では気が付きませんでしたが、後から知った話だと、銘板がついてて、昭和29年のものだということと寄進者の名前が書いてあるらしいです。
銘板? 付いてましたっけ?
と思って写真を見返すと、たしかに正面についてるじゃないですか。
見落としてたのです。
前回の記事で書いた、鳥沢の火の見櫓と同じく、次回はちゃんと確認してくるつもりです。

この火の見櫓は、特に変わったところはないのですが、屋根の軒先の装飾がちょっと珍しめ。
今まで見てきた中では、そもそも装飾が無いか、ある場合は「蕨手」(わらびて)という、くるっと巻いた装飾がついてるパターンが多いです。
蕨手は、よくお神輿の屋根の軒先についてることが多いです。
しかし、この火の見櫓は軒先が角のようになってます。
お寺の屋根とかで見かける形なので、寺社建築の用語の解説をネットで調べた結果、どうも「隅角」(すみづの)と呼ぶようです。




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原公民館から少し西に行くと、もう一本、火の見櫓がありました。 《MAP
銘板がついていて、平成2年に渋沢鉄工所が作ったものだと分かりました。
平成2年??
今残ってる火の見櫓の多くは、昭和30年代に建てられたものが多いそうなので、その建設ラッシュから20~30年ほど後ということになります。
法的な設置義務はないはずですから、たぶん自主的に建てられたものだと思います。
リング式ブレースや屋根の風向計や蕨手風の装飾など、あえて昔風の意匠を意図的に採用しています。
また、半鐘まで付いてます。
法的義務はないですから、建設費の補助などもないでしょう。
費用はおそらく、住民もしくはゆかりの方、それから地元の企業などからの寄付によって賄われたと思われます。
何か強い意志をもって建てられたものだと感じられました。
どういう経緯や想い入れがあったのか、お話を伺ってみたい気がしました。




集落を後にし、R20をさらに西へ。
笹子トンネルの手前でR20を外れ、山道に入っていきます。


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ちょっと走ったところで、この物件に遭遇。
ネットではこのバスそのものについての情報は見当たりませんでしたが、カラーリングなどから見て、山梨交通が昭和50年代に導入した、いすゞのバスらしいです。




さらに峠道を上っていきます。




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笹子隧道に到着。
写真は大月市側の坑門。
登録有形文化財になっています。





この笹子隧道は、1938年(昭和13年)に開通し、その後1952年(昭和27年)に国道20号線に指定されたそうですが、ここに至るまでの道路が狭くて曲がりくねっており、このトンネルも幅が3mしかなく、まとまった交通量をさばけるようなものではなかったそうです。
それはこの写真を見ても明らか。
幅3mではクルマ同士のすれ違いは無理。
軽自動車とバイクなら何とかなるかなというレベル。
なので、当時は山梨から首都圏に出ようとすると、御坂峠を超え、河口湖に出て、そこから大月に出るという、かなりの大回りコースがメインだったそうです。


試しに、甲府駅前から八王子駅前までのルートで比較してみましょう。



これが、河口湖経由ルート。
距離は121㎞あります。
御坂峠もけっこうな難所ですね。
御坂隧道は幅5.5m。
トラックと普通自動車なら、ぎりぎりですれ違えるでしょうか。





こっちは笹子隧道ルート。
距離は98.7㎞。



ということで、御坂峠越えの河口湖経由だと、笹子隧道経由より20㎞以上遠回りになるってことですね。
しかも御坂峠もかなりの難所。
甲府盆地から首都圏に出るのは、かなり大変だったということですね。


その後、1958年(昭和33年)に新笹子隧道が開通し、それが今現在のR20の新笹子トンネルです。 《MAP
新笹子トンネルというのは通称でしょうか。
トンネルの入り口にある坑門の扁額には「新笹子隧道」と書かれています。
それはともかく、新笹子トンネルの開通で、山梨と首都圏の行き来が飛躍的に改善されました。
もう河口湖経由とかしなくていいわけですから。

ところで、新笹子トンネルは元々は有料道路だったそうです。
大型車が600円、普通車が250円、小型車が150円だったらしいですね。
当時の普通自動車250円というお値段は、今の感覚で言うと、だいたい1000~1500円あたりの価格帯らしいです。 《日銀解説ページから消費者物価指数で概算》
けっこう高いですね?
アクアラインの悪夢が甦りそうですw
かなり収入があったようで、開通して13年後の1971年(昭和46年)に、償還が完了し、無料開放されたそうです。

ちなみに、有料だったってことは、どこかに料金所があったはず。
国土地理院の1974~78年の航空写真を見ると、大月側の入り口手前に料金所の建屋らしきものが写ってます。
1971年には無料化されて役割は終わってますが、撤去されるまでタイムラグがあったんでしょう。
この料金所があった辺りは、いまでも不自然に道幅が広く、当時の名残が感じられます。 《ストリートビュー




長くなりましたので、次行きます。



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同じく笹子隧道の甲州市側の坑門。
大月市側が立派な装飾が施されてるのに対し、こっち側は実に質素。
この差は何でしょうね?
大月側から掘り始め、甲州市側に抜けたころには、予算が尽きてしまったためだと思われますww
それか大月市と甲州市でなにか確執があったとかw
設計担当者が違うとかw
たぶん、疑問に思う人は多いと思いますが、ネットでは、その理由が書かれた情報は見当たりませんでした。




続きます。




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ちなみに、R20の新笹子トンネルは、開通から60年が経過しました。
老朽化が問題となっていることと、高さ3.9mという制限があるということも支障となっているということで、今のトンネルのすぐ西側に並行して新しいトンネルを作る計画があるそうです。 
 → 《国土交通省 甲府河川国道事務所のページ
 → 《新笹子トンネル改修の設計・用地説明会パンフレット
新しいトンネルができたら、今の新笹子トンネルと何か所かで連絡路で接続し、新笹子トンネルを避難路として再活用する計画らしいですね。

新トンネルは歩道も整備してくれる計画らしいので、歩行者や自転車の安全性が飛躍的に向上します。
今の新笹子トンネルを走ったことがある方ならご存知とは思いますが、このトンネルには歩道はありません。
路肩といえる路肩もありません。
大月市と甲州市を徒歩で移動しようとするなら、大型トラックが実質60㎞/hとかでバンバン走ってるところを、3㎞にわたって歩かないといけないのです。
自転車も同じような状況。
実際、僕もこのトンネルをバイクやクルマで走行中に、歩行者や自転車を見たことが何回かあります。
感覚的には自動車専用道路のように錯覚するので、遭遇すると、かなりビビります。
でも、一番怖いのは、もちろん歩行者や自転車です。
どんだけ怖いでしょうね?
僕自身はここを歩いたり自転車で通過することは、今までなかったですし、今後も無いでしょうけど、それでもこれはあまりに危険じゃ・・・と思ってました。
それが改善されるならとても良いことです。
開通はいつなのか分かりませんが、楽しみですね。




( 2019.01.16 ) ( ツーリング ) ( COMMENT:0 )